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フランシスコ教皇様

2019年11月20日

 教皇様の日本への歴史的なご訪問を、深い思いを込めてお迎え申し上げます。

 1981年に実現したヨハネ・パウロⅡ世のご来日は日本国民に深い感銘を与えました。教皇様が広島と長崎をご訪問になり、昭和天皇にもお会いになられたことを、私たち日本国民は喜びと感謝の念とともに記憶しております。

1 焼き場に立つ少年の写真に託された平和のメッセージ

 私はフランシスコ教皇様のこの度の日本訪問を、特別の思いをもって歓迎します。

 昨年、2018年の元日、日本人にとっては新年の特別な日であるその日、教皇様は、長崎の原爆の被災直後に米兵によって撮られた一枚の写真を、カトリック信徒が世界に広めるよう指示されました。

 その写真とは、すでに息絶えた幼い弟を背に焼き場に立つひとりの少年の姿でした。悲しみをこらえ、血が出るほどにきつく唇を噛んだこの少年の姿のりりしさ、極限状況の中でも家族としての責任を果たそうとするそのけなげな決意には、戦争による唯一の被爆国民である日本人の魂にふれるものがありました。

 あの原爆投下から既に74年、日本は国を挙げてその苦しみに耐え、かつての敵味方の対立を超えて世界平和を希求して参りました。前を見据える少年の姿には、今も地球上の各地で、困難とたたかい、混迷の時代を乗りきろうとする人々の心とつながるものがあります。

 この写真に着目し、写真を広めるよう指示された教皇様の慈しみの心と平和への祈りに私たちは共感し、日本国民として深甚なる敬意と謝意を表します。私も教育者の一人として、教皇様の思いを受けとめ、この写真の意味を若い世代に伝える決意であります。この度の教皇様の御来日は、平和への道の新たな一ページとして記憶されることでありましょう。

2 上智大学への日本国民の信頼

 バチカンと日本とを結ぶ特別の位置にある日本の大学に、上智大学があります。

 上智大学はカトリック精神を建学の礎として1913年に創立され、伝統と実績を誇る日本でも有数の大学です。「上智」とは神の叡智を意味する言葉です。上智大学はバチカンの指導と多くの教授陣の努力によって着実に実績をあげ、多数の有為な人材を日本と世界に送り出してきました。

 そうなることを予見されたからこそ、38年前、ヨハネ・パウロⅡ世は特別に上智大学への訪問を希望され、講話をなさったのでありましょう。

 上智大学の歴史を振り返ってみますと、その歩みは、日本国民の関心事とも深く触れあうものがあります。

 1932年、60人の上智大学の学生が靖国神社に参拝した折り、二人の学生が信仰の自由を理由に参拝を拒否する出来事がありました。その時、上智大学は文部省に問い合わせた上で、靖国参拝は愛国の心を表すものであり、信仰の自由を侵すものではないとの立場を示し、信仰の自由を守りました。これはのちの「祖国に対する信者のつとめ」というバチカンの指針にも適ったものでした。

 日本の敗戦後、日本を一時占領・統治した連合国軍総司令部の中には、靖国神社を焼却し、競馬場とする案がありました。それを巡って総司令部のなかでも賛否両論がおこりました。

 最高司令官のマッカーサー元帥は、上智学院院長で駐日ローマ教皇庁代表のブルーノ・ビッテル神父に意見を求めました。神父は「いかなる国家も、その国家のために殉じた戦士に対して、敬意を払う権利と義務があるといえる。それは、戦勝国か敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない」と述べて、靖国神社を焼却処分する案に猛烈に反対したといわれています。

 日本国民に広く信じられているこのエピソードは、上智大学に対する日本国民の信頼の一つの源泉となっております。

 ベトナム戦争が始まると、難民の支援を世界にさきがけて実行したのが、当時の上智大学学長ヨゼフ・ピタウ神父でした。ピタウ神父は後にローマに呼び戻され、教育省次官などをお勤めになられたことは、日本でも知られております。神父は日本を愛し、75歳でバチカンを去られたあとは、日本に戻り帰天されました。

 1968年、大学紛争が世界中に吹き荒れました。日本の大学も、そして上智大学もその埒外にはありませんでした。各大学が紛争の解決に困り抜いていた中で、上智大学は半年間大学を封鎖し、紛争を鎮静化させました。これは大学の存亡を懸けた英断であり、「上智方式」と名づけられて、日本における大学紛争解決の先例となりました。

3 上智大学へのご教導のお願い

 このように、歴史の節々で叡智を示し、日本国民に敬愛されてきた上智大学ですが、他ならぬその上智大学に、今、暗い影が差していることを、残念ながらお耳にお届けしなければなりません。

 最近、大学院生の修士論文の盗作が発覚し、論文合格の撤回と学位の剥奪がおこなわれました。学生センター長は不適切発言で辞任しました。懲戒解雇された教員もいます。これらは学長の「お知らせ」として社会に公表されております。それに加えて、真理探究の府である大学として、あってはならない研究不正が、ごく最近起こりました。私はその被害者の一人です。

 3年前、中野晃一教授の指導の下、アメリカからの留学生である上智大学院生が「修士課程の卒業制作としてドキュメンタリー映画をつくる」と称して、日本政府の見解を支持する立場の言論人や学者約十人にインタビューを申し込みました。

 その依頼状の中で、大学院生は、これは「学術研究」であるから「偏ったジャーナリズム的なものになることはありません」と約束し、「大学院生として、インタビューさせて頂く方々を、尊敬と公平さをもって紹介する倫理的義務があります」とまで明言していました。インタビューの目的については、「公正性かつ中立性を守りながら」制作し、「卒業プロジェクトとして大学に提出する予定」であると書いていました。

 インタビューを受けた人々は、全員がその大学院生の言葉を信じました。ある著名な女性ジャーナリストは、わざわざその院生にメールを送り、「頑張って下さいね」と優しい励ましの言葉さえかけていたのです。全員が、カトリック精神を建学の礎とした上智大学を尊敬し、信頼していたからです。

 しかし、大学院生がメールや口頭で述べた右の様々な言葉は、実は、制作者が敵視する論者たちをインタビューに引き出すための奸計でした。出来上がった映画は学術研究とは似ても似つかぬ、一方的なプロパガンダ映画でした。

 その教授・院生と対立する立場の論者は、一方的に悪のレッテルを貼られ、発言を切り取られ、反論の機会を与えられずに批判され、人格を貶められ、嘲笑されました。

 このような詐欺映画が、「学術研究」という甘言と、「上智大学」という大学の信用を背景に制作されました。しかも、インタビューを受けた人々に無断で、商業映画として一般の映画館で上映される状況に至りました。この映画で攻撃されている被害者の中には、上智大学の卒業生である女性も含まれています。映画は現在も日本国内のみならず国外でも上映され続けております。

 自由な社会では、政治的主張はいろいろあってよいし、どんな映画をつくるのも、公序良俗に反しない限りは許されます。問題はどの政治的主張が正しいかどうかではありません。学術の世界では、研究に協力してくれた人を人格的に貶めたり、傷つけたりしてはならないという厳然たる倫理規範があります。研究者はこれを厳格に守る義務があります。多くの人々が多少の犠牲を払ってでも大学の研究に進んで協力するのは、学問は人を生かし、人類の文化を向上させるものであって、他者をいわれなく中傷するものではない、という信頼があるからです。

 上記の教授のように、この信頼を裏切る行為をし、それでもその責任が問われないとしたら、大学の研究といえども危険すぎて、研究に協力する人など誰一人としていなくなるでしょう。そうした事態は、学問存立の基盤の崩壊を意味します。だから、学問の存続のためにこそ研究協力者の名誉と人権は守られなければならないのです。

 上智大学がこのような不当な計略の場になったことは、真面目な教職員や学生、卒業生をいたく悲しませています。こうした詐術というべき計略を是とする行動の背景には、政治的目的の為にはどんな手段も正当化されるという、過酷な宗教弾圧をしてきた共産主義と同根の、独善の思想があります。

 教皇様におかれましては、上智大学のために、「普遍の真理」を意味するカトリック精神のために、そして日本の学術研究のために、上智大学の現状を調査され、適切にご教導下さるようお願いいたします。上智大学が清々しい学びの場として甦るよう、ぜひお力をお与え下さい。詐術に遭った一人として、心から懇請する次第です。

 教皇様の旅路の平安と豊穣を念じつつ。

His Holiness, Pope Francis

November 20, 2019

Your Holiness,

It is with profound anticipation that I contemplate Your Holiness’ upcoming visit to Japan.

The visit of His Holiness Pope John Paul II to Japan in 1981 made a lasting impression on the hearts and minds of the Japanese people. I still remember how pleased and grateful we felt when His Holiness visited Hiroshima and Nagasaki, and met with our Emperor Showa.

1. Photograph of a Japanese boy at a crematorium inspires prayer for peace

I welcome Your Holiness’ visit to Japan for reasons that are very special to me.

Last year, on New Year’s Day, an occasion of great significance to the Japanese people, Your Holiness directed Roman Catholics everywhere to circulate a photograph of a young Japanese boy, taken by an American soldier soon after an atomic bomb was dropped on Nagasaki.

The photograph shows a boy standing in front of a crematorium; his younger brother, killed in the bombing, is strapped to his back. The older boy is trying mightily to stifle his grief, biting his lips so hard he draws blood. His intrepidness and his brave determination to fulfill his familial duty toward his little brother touched the very souls of the Japanese, the citizens of the only nation to fall victim to atomic bombs.

Seventy-four years have elapsed since the atomic bombs were dropped on Japan. During those yours we have joined together, as a nation, and endeavored to bear up under unspeakable suffering. We have transcended the feelings of hostility that led to war, and made every effort possible toward the achievement of world peace. The courage of the boy in the photograph, who stares unflinchingly at the future, resonates with people all over the world who even today grapple with hardship and struggle to overcome adversity.

As we contemplate this photograph, the people of Japan would like to express our appreciation for the compassion and prayer for peace that motivated Your Holiness to recommend its dissemination. To Your Holiness we offer our most sincere respect and gratitude. As an educator, I too embrace Your Holiness’ noble sentiments, and vow to communicate the message of this photograph to the coming generations. I am confident that Your Holiness’ visit to Japan will be remembered as a new, first step on the journey to world peace.

2. Our trust in Sophia University

Among Japan’s universities, Sophia University has a special connection with the Vatican.

Sophia University was established in 1913 as a foundation for the cultivation of the Roman Catholic spirit. The Jochi in its Japanese name (Jochi Daigaku) means “divine wisdom.” The list of this institute of higher learning’s achievements has grown steadily as it sends countless talented men and women out into Japan and the entire world, thanks to the strenuous efforts of its faculty and guidance from the Vatican.

Thirty-eight years ago His Holiness Pope John Paul II expressed a desire to visit Sophia University, perhaps in anticipation of new accomplishments. A highlight of that visit was a lecture delivered by His Holiness.

Looking back at the history of Sophia University, I realize that its progress is closely connected with matters of concern and interest to the Japanese people.

In 1932 there was an incident involving 60 Sophia University students at Yasukuni Jinja, a Shinto shrine that honors the war dead. Three of their number refused to pay their respects, stating that they were exercising their right to freedom of religion. When university authorities consulted the Ministry of Education, they were told that pilgrimages to Yasukuni Shrine are opportunities for the Japanese people to demonstrate their patriotism, and that doing so in no way infringes upon freedom of religion. In fact, the pilgrimages are in keeping with guidelines from the Vatican concerning the duties of Roman Catholics to their native lands.

After Japan’s defeat in World War II, GHQ (General Headquarters) of the SCAP (Supreme Commander for the Allied Powers), the forces temporarily occupying Japan, proposed that Yasukuni Shrine be burned to the ground and replaced by a racetrack. Even within SCAP there was disagreement about this proposal.

General Douglas MacArthur, then the supreme commander, consulted with the Reverend Bruno Bitter, president of Sophia University and representative of the Roman Curia. Father Bitter told MacArthur he vehemently opposed the destruction of Yasukuni Shrine because it is the right and duty of citizens everywhere to honor their war dead, adding that that right belonged equally to the citizens of victorious and defeated nations.

The Japanese people have embraced this incident, which has become one of the reasons for their respect for Sophia University.

When the Vietnam War broke out it was Father Joseph Pittau, rector of Sophia University, who became well known in Japan for being one of the first to extend a helping hand to refugees. Father Pittau was subsequently called back to Rome, where he served as rector of the Gregorian University. He had great affection for Japan, to which he returned after retiring; he entered the Kingdom of Heaven at age 75.

In 1968 campus strife erupted all over the world. Japan’s universities, even Sophia University, were no exceptions. Many universities were struggling to resolve disputes. Sophia University closed for six months. The school’s survival hinged on restoring order on its campus, which was accomplished through the use of a combination of decisive tactics; these became known as the “Sophia model,” and were emulated by other universities in Japan to resolve similar problems.

3. Plea for directives to Sophia University

Throughout its history Sophia University has proven itself to be a font of wisdom, and therefore has earned the respect and affection of the Japanese people. Unfortunately, a dark cloud is now hanging over this institution, and though it pains me to do so, I feel compelled to describe it to Your Holiness.

Recently it was discovered that a master’s thesis submitted by a graduate student was the product of plagiarism. The student’s thesis was rejected and his degree rescinded. The head of the Student Center resigned after making an inappropriate statement. At least one faculty member was discharged for disciplinary reasons. These incidents were disclosed publicly in the form of the university’s Message from the President.

I must mention another, deplorable incident that occurred recently at Sophia University, which, like all universities, must be a center for the quest for truth. I am one of the victims of that incident.

Three years ago an American graduate student under the supervision of Sophia University Professor Nakano Koichi announced his intention to produce a documentary film to satisfy the requirements for a master’s degree. The graduate student then proceeded to request interviews with 10 commentators and scholars who support the Japanese government’s stance on a particular issue.

In a letter he wrote requesting an interview, the graduate student promised that since the intent of his project was academic research, it would in no way resemble biased journalism. He even stated that as a graduate student, he had a moral obligation to portray those interviewed fairly and respectfully. The student added that the interviews were intended to maintain fairness and neutrality, and that he would be submitting the film to Sophia University as a graduation project.

Everyone who was interviewed respected and trusted Sophia University, rooted as it was in the Catholic spirit. Everyone who was interviewed believed the promises made by the graduate student. One of them, a female journalist, even went to the trouble of encouraging the student via email.

But the aforementioned promises the graduate student made orally and via email were no more than part of a nefarious plot intended to convince people whose opinion differs from that of the producer (who disdains their opinions) to agree to be interviewed. The finished product bears absolutely no resemblance to academic research; it is a one-sided propaganda film. Those who disagree with the professor (and graduate student) are labeled as villains. Their remarks are quoted out of context and censured without their being granted an opportunity for rebuttal, their characters are vilified, and they are ridiculed.

This fraudulent film was made in the (false) name of “academic research” and traded on Sophia University’s fine reputation. Moreover, it is now being shown as a commercial film in ordinary cinemas, without the permission of those who were interviewed. One of the people attacked in this film is a woman who graduated from Sophia University. The film continues to be shown in Japan and abroad as well.

In a free, healthy society, there are many political perspectives. Any kind of film is permissible as long as it does not violate public order and morals. At issue here is not which point of view is correct. In academia there is an ironclad moral rule that prohibits the denigration of and injury to those who have contributed to a research project. It is the researcher’s solemn duty to prevent such eventualities. The reason why so many people willingly make sacrifices of varying degree to assist with research efforts is their conviction that scholarship energizes societies, encourages the improvement of cultures, and does not libel others.

If a professor like the one described above commits acts that betray that trust, but in spite of that, is not held responsible for those acts, no one will risk cooperating with academic research. A situation like this signifies the collapse of the foundation upon which learning stands. For that very reason, it is vital to protect the reputations and human rights of all those who collaborate or cooperate with researchers.

That Sophia University has been the site of such an improper scheme is a great disappointment to earnest faculty members, students, and alumni. Behind this behavior that excuses trickery are self-righteous notions of the same origin as communism, one of the tenets of which is that any means may be used to rationalize a political objective, such as the brutal suppression of religion.

As one of the victims of this swindle and a concerned Japanese, I appeal to Your Holiness: For the sake of Sophia University, for the Catholic spirit (which signifies the universal truth), and for the sake of academic research in Japan, I beseech Your Holiness to investigate the current state of Sophia University, and instruct its leaders as Your Holiness sees fit. Please assist in the rehabilitation of the university, so that it is once again a wholesome institute of learning.

With every good wish to Your Holiness for a peaceful, fruitful journey,

FUJIOKA Nobukatsu Ex-Professor of Education at The Tokyo University

2019年10月9日
なでしこアクション代表 山本優美子

ニューヨークタイムズは映画「主戦場」 をどう報じたか

ニューヨークタイムズに日本支局発の映画「主戦場」の記事が掲載された。インターネット版は2019年9月18日付でタイトル「戦時中の日本による女性の奴隷化を探求した映画監督が提訴されるA Filmmaker Explored Japanʼs Wartime Enslavement of Women. Now Heʼs Being Sued.)」。紙面は9月19日付ニューヨーク版第8面でタイトル「日本による性奴隷化の映画で米国人が提訴される(American Sued Over Film on Sexual Enslavement by Japan)」だ。 ( 記事日本語訳はこちら )

この記事が出る前の9月3日、私はニューヨークタイムズ日本支局長リッチ素子記者の取材を受けた。写真撮影も依頼されたが写真はお断りした。結局私の発言は記事の中で使われなかったが、記事を書いたリッチ素子記者と直接話し、日本支局スタッフと接することができたのは、ニューヨークタイムズ関係者の考え方を知る上で良い機会であった。

■     「主戦場」全米大学上映ツアー開始と同時の記事

記事がニューヨーク版紙面となった9月19日は「主戦場」の監督ミキ・デザキ(出崎幹根)氏が「米国大学上映ツアー」を開始しした日だ。出崎氏もこの記事をツイッターで「素晴らしい記事(Great NY Times article)」 と喜んでいる。

ツアーは10月11日までのおよそ3週間、米国東海岸の北部バーモント州からジョージア州まで南下し、大陸を横断して西海岸まで、ブラウンやエール、UCLAのような有名大学を15か所回った。出崎氏のツイッターでは各大学での上映会が成功した様子が投稿されている。コネクチカット大学では、反日で有名な歴史学者アレックス・ダデン教授も参加したとのこと。UCLAではグレンデールとサンフランシスコで慰安婦像建立に協力した市民団体関係者も参加すると宣伝されていた。

記事と上映ツアー開始が同日とは、偶然とは思えないタイミングの良さだ。日本支局によると日本発の記事であっても、掲載日は本部が決めるので掲載されて初めて日本支局が知るそうだ。

全米15もの有名大学を3週間で回る手配の良さにも感心する。

出崎氏自身は一年半前に日本で大学院を卒業したばかりの36歳の一日系米国人男性だ。特段影響力のある人物とは思えない。出崎氏と映画を支援する勢力が日本だけでなく米国内にもいるのではないだろうか。

■    慰安婦問題  記者が理解できない三点

慰安婦は性奴隷ではないと主張する私は映画「主戦場」でレイシスト(民族差別主義者)扱いされている。これまでも米国訪問の際に「山本優美子レイシスト、ナショナリスト出ていけ」のデモに遭ったり、誹謗中傷のチラシを配布されたりして不愉快な思いを何度もしてきた。

今回取材の際、リッチ記者に「またメディアに酷いことを書かれて嫌な思いをすると思うと今日の取材も躊躇した」旨を伝えると、そんなことはないと驚いた様子だった。リッチ記者も日本支局の女性スタッフも非常に感じの良い方たちで、取材は言葉を一つ一つ確認しながら丁寧に進められた。

そんなリッチ記者と話す中で、慰安婦問題についてどう説明しても理解してもらえない点が改めて分かった。慰安婦制度と河野談話と教科書だ。

リッチ記者は、慰安婦制度について当時と現在の社会や人権状況が違うということは分かっても「軍用に慰安所があること自体があってはならない。女性への人権侵害」というという考え方だ。

記事では1993年の謝罪と表現されている河野談話は、リッチ記者は日本軍の強制性の証拠だという。確かに外務省のホームページの河野談話の英文日本語よりも更に酷い印象を与えるものだ。たとえ談話が韓国との政治的妥協であっても、2014年に日本政府が河野談話を検証しても、2016年に日本政府代表が国連人権委員会で強制連行、20万人、性奴隷を否定する発言をしても、1993年から四半世紀以上にわたって広められた河野談話は今も強制連行の証明として使われる。海外メディアの慰安婦問題記事では必ずと言っていいほど引用されている。

教科書については、リッチ記者は「米国では奴隷制度を教科書に載せている。なぜ日本では慰安婦について教えないのか」という。慰安婦制度と奴隷制度は全く違うものだし、子供たちに教えるべき重要な歴史は他にたくさんある、と説明しても「歴史の悪い面も子供には隠さず教えるべきだ」と納得できない様子だった。

■     ニューヨークタイムズらしい 日本は植民地で残虐行為

日本の保守層からは反日的メディアと呼ばれるニューヨークタイムズだが、今回の記事も日本は韓国を植民地にして残虐行為をしたことが前提となっている。

記事には「朝鮮半島を植民地として占領した日本」、「慰安婦の処遇を含めて、そこで行った虐待行為」、「国家の名誉を損なうべきではないとして、これまでドイツがホロコーストへの償いを通して行ったような贖罪を避けてきた」とある。

残念ながらこれらは海外メディアのお決まりの表現でもある。

■   影響力のある保守主義者が脅し?

記事では「出崎が映画の中でインタビューしている保守主義者たちは、日本政府の最高位の層に影響力を持つグループに属している」として、「日本の子供たちの教育のあり方や、どのような芸術作品を鑑賞させるかなどの政策の形成に係っているほか、恐らくは日本の外交政策の主なあり方、特に韓国との間の外交政策についても影響力を持っていることが注目される」とする。あまりにも過大評価だ。我々側には著名なジャーナリストや評論家もいるが、残念ながらこれほどの影響力はない。

その「保守主義者たちの感情を逆なでする」ものとして「愛知国際芸術祭は、朝鮮人慰安婦を象徴する像に対するテロの脅しによって中止に追い込まれた」との例を挙げる。その後に出崎氏の言葉「映画に対する提訴は、国家主義者たちが、いかに自らに抵抗する者たちを黙らせようとしているか」、「この映画の最重要テーマは、なぜ彼らが歴史を消したいのか?である」と続く。

慰安婦像展示へのテロの脅しと映画への抗議や提訴が両方とも保守主義者の圧力、という印象を与える書き方だ。日本の保守、国家主義者、は権力を振りかざして暴力的というイメージ。これも海外メディアのお決まりの表現だ。

出崎氏は自分がまるで権力者に圧力を受けた被害者のように語っているが、我々が「歴史を消したい」などとは彼の勝手な思い込みだ。我々が訴えたのは出崎氏の詐欺的行為と人権侵害が理由だ。被害者は我々の方である。

■     ニューヨークタイムズも認めた 慰安婦20万人証拠なし

記事は評価できる点もある。取材の時リッチ記者は、映画では結局「慰安婦20万人」は誰も証明できなかった、と話していた。確かにその通りで、映画では慰安婦の「強制連行、性奴隷、20万」の三点について左派の学者はだらだらと話してはいるが、結局は誰も証明出来ていない。

今回の記事ではその点をこのように書いてある。「主流派の専門家たちは、日本軍が力づくで婦女子を誘拐したことを示す直接的証拠がないこと(保守主義者たちは、この点を衝く)についても隠さず打ち明け、慰安婦とされた婦女子の人数の見積りにも大きな開きが存在することについても率直に語った」

■  映画は学術研究倫理違反の卒業プロジェクト

この記事をよく読むと大学関係者、研究者であれば気づくことがある。映画はそもそも卒業研究であったこと、その研究対象者が提訴したということ。つまり学術研究倫理に反した行為があった可能性が高いことだ。そして指導教授は教え子の研究協力者に対して配慮している様子が全くないこと、だ。

記事で出崎氏は「卒業テーマの研究のためにドキュメンタリー作品の制作を思い立った」とし、原告側は「映画があくまで出崎の卒業テーマ作品であって商業映画ではないことを前提としてインタビューを受けることに同意した」ことを明らかにしている。

また、「映画にも登場する、出崎の指導教官で東京・上智大学で教鞭を取る比較政治学者・中野晃一」は、「原告らは映画の解釈が自分たちにとって完全に気に入るものではなかったので、提訴をするための理由を捜していると思うと述べている」と書いている。学術研究倫理を守る指導教官であれば、教え子の研究協力者に対して配慮を欠いたこのような発言ができるはずはない。

日本では文科省の指導で多くの大学で学術研究倫理規定が設けられている。もちろん上智大学にも研究対象者・協力者の人権を擁護する学術研究倫理規定がある。研究対象者は自分が納得できなければ研究参加協力を撤回できるし、データの破棄を求めることも出来る。

米国の大学では研究倫理規定が日本よりずっと厳しいと聞く。研究者は大変な苦労をして倫理規定に則って研究に取り組んでいるのだ。研究倫理に問題のある映像が大学で上映されてよいのだろうか。

■     「表現の自由、言論の自由への侵害」へのすり替え

出崎氏は、9月23日付ロシア国際テレビネットワークの記事で「日本の戦時女性奴隷化についての映画『主戦場』に対する差し止め訴訟は、言論の自由、表現の自由への攻撃、議論の口封じ」と語っている。彼にとっては自分の権利だけが大切なようである。

我々が止む無く提訴するに至ったのは、彼の卒業研究に協力した我々研究対象者の訴えに出崎氏が聞く耳を持たなかったからだ。

詐欺的手法を用いて、学術研究倫理を守らずに制作し、研究対象者の人権を蔑ろにする映画は「表現の自由」でも「言論の自由」でもない。

2019年11月14日 なでしこアクションサイトより転載

【基調講演:藤岡信勝氏 詐欺映画『主戦場』と上智大学研究不正事件】詐欺映画『主戦場』を糾弾する!反日左翼の企みを許してはならない!② 二宮報徳連合特別シンポジウム 2019/10/25

【いもこじ討論会:司会 原口美穂氏】詐欺映画『主戦場』を糾弾する!反日左翼の企みを許してはならない!③ 藤岡信勝・山本優美子・藤木俊一各氏 & ビデオメッセージ 2019/10/25

10月1日文科大臣への報告文書から

8 文部科学省への報告

 学術は真理を探究するための厳粛な手段であって、人を攻撃するための道具ではありません。そうであるがゆえに、学術には高度の倫理的規範が課されると同時に、その信用が社会的に担保されるのです。今回、研究不正の実行者たち(中野晃一、出崎幹根)がやったことは、人を攻撃するための手段として学術的信用を利用するという、最も悪質なものでした。
ことは、日本の学術共同体全体の信用にかかわる問題です。もし仮に、この研究不正が放免されれば、わが国の学術共同体全体の信用毀損として、日本のアカデミズムは深刻な事態に陥らざるを得ないでしょう。この事件によって、日本の学術研究は危機にさらされているのです。
研究実施者および研究責任者において、研究協力者への攻撃意図が明白であり、権利回復を完全には期待できず、また、研究機関である上智大学の対応も自浄能力に疑いを持たざるを得ないものであるため、本日、やむなく私たちは文部科学大臣に事態を報告することとした次第です。(以上)

10月25日開催の集会に是非お越しください

10月1日文科大臣宛報告より

7 上智大学当局による研究不正調査の懈怠と進捗

被害者の藤岡信勝、藤木俊一、山本優美子の3名は、4月27日、不正な研究が行われた上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科の委員長あてに問題の発生した経緯を説明するとともに、インタビューに訪れた3名の元大学院生に関する質問状を送りました。すると、デヴィッド・ワンク委員長から、出崎本人からの書面による同意がない限り対応しないとの返信があり、回答を拒否されました。つまり、門前払いです。
 そこで、6月21日、藤岡信勝は、山本優美子の協力のもと、「告発窓口」として大学が指定している監査室に電話をし、窓口担当者に30分ほど説明をしました。そして、同学の責任者の立場にある学長または研究倫理担当の副学長に説明のための面会のアポを求めました。ところが、当方への返事は、学長・副学長との連絡がつかない、連絡はついたが検討中である、面会するかどうかも検討中だ、いつまでに結論を出すかは答えられない、などの極めて不誠実な、際限のない引き延ばしでした。
 上智大学当局において、事件に誠実に向き合う姿勢が全く見られないために、私たち5名はやむなく、出崎幹根および中野晃一の研究不正に関する「通告書」(8月28日付け)を内容証明郵便として代理人経由で、上智学院佐久間勤理事長と上智大学嘩道佳明学長あてに送付しました。すると、事件の最初の告発から実に4か月以上も経過した9月2日、告発者側は、大学が調査委員会を組織する予定であるとの連絡を電話にて受けました。9月4日には、「上智大学における研究活動上の不正行為に係る調査の手続きに関する内規」の規定に従って、大学から9月3日付けの調査委員名簿が送られてきました。しかし、5名で組織される調査委員のうち、研究者は2名であり、驚くべきことに、その両名ともが、明らかに研究上・運動上、中野の人脈に属する人物でした。私たちは、三度、裏切られたのです。当然、私たちは、詳細な忌避理由を記した異議申立書を提出しました(9月11日)。
その後、9月25日付けで、①「通告書」および「異議申立書」を踏まえ、②調査対象事項を改めて検討すべく、③調査委員を一部交代させたうえで、④予備調査の実施を予定している旨の「ご連絡」が学長からありました。しかし、①「通告書」の発出主体は5名であるにもかかわらず藤岡信勝のみを告発者として位置づけ、②交替する調査委員が誰なのかも明示されず、③予備調査の役割は本調査を実施するかしないかの判断材料を集めるものであるため、本調査を取りやめにする意図と可能性も否定し得ないものです。
私たちは四度裏切られるわけにはいきません。そこで、今度は「公開質問状並びに異議申立書」として、本日付けで文書を発出しました。

【追加】10月1日付けで学長宛に発送した文書は次のとおりです。これに対する返信は10月13日現在、まだ届いておりません。ただし、指定した「7日後まで」の時点にあたる10月8日付けで、学長から回答をもう少しのばしてほしいとの文書が届いています。


2019年(令和元年)10月1日
上智大学
学長 嘩道 佳明  殿

藤岡 信勝
112-0005東京都文京区水道2丁目6-3
新しい歴史教科書をつくる会気付

質問状並びに異議申立書

(1)9月27日夕刻、貴信「ご連絡」を落手いたしました。貴信によれば、①「通告書」(8月28日付け)と「異議申立書」(9月11日付け)等を踏まえて、「調査対象事項をあらためて検討」する、②「調査委員会委員について、一部交代する」、とのことで、いずれも、小生の「異議申立書」の主張が認められたものと理解いたしました。
 しかし、その一方、どうしても納得できず再び異議を唱えざるを得ない部分と、十分理解出来ない点や質問させていただきたい点などがございます。そこで、この文書をしたためることといたしました。この文書到着の日から起算して7日以内に誠実なご回答を求めます。

(2)貴信の内容は次のような5つの箇条書きにまとめることが出来ます。
①9月11日付けの異議申立書と8月28日付けの通告書等をふまえ
②調査対象事項を改めて検討すべく、予備調査の実施を予定している
③予備調査を行うにあたっては、通告書記載の事情の詳細等についてもお話をうかがいたいのでご協力をお願いしたい
④これに伴い調査委員会委員について、一部交代することとしている
⑤DEZAKI NORMAN M氏及び中野晃一氏より、告発者及び告発内容の開示の要請があったので、「貴殿」[藤岡信勝-引用者注]より告発があったことと、通告書記載の告発内容の概要を両名に通知する

(3)ここからわかる、貴学の新たな方針は次の5点です。
ア)初めて内容証明郵便で送った「通告書」(前便では無視されていたもの)を調査の対象としたこと
イ)「本調査」と言っていたのを「予備調査」に変えたこと
ウ)初めて聞き取りをするとしたこと
エ)被告発者に「中野晃一」が初めて入ったこと(通告書を対象に据えた結果である)
オ)調査委員の一部交代をすることとしていること(中野人脈で固めた人事を撤回した)

(4)さてそこで、異議を申し立てなければならない第一は、退任・就任する委員の人数と実名が伏せられている問題です。
 今回の貴信では、交代する人数(当然2人以上であるべきだが)は何人か?、誰が交代して委員をやめるのか?、その代わりに就任した委員は誰か?、が全てブラックボックスになっています。前便では5名の委員の実名が記され、従って当方においても調査が可能で異議を申し立てるにいたったのですが、今回は交代した委員の実名がありません。実名がないから、この交代が本当にこの問題に取り組む貴学の姿勢の改善を意味するのか、それとも事態を糊塗するものなのか、判断のしようがありません。ありていに言えば、中野人脈の人物を代わりに据えることはいくらでもできるからです。ですから、必ず実名を示し、それについて前便と同様、7日間の判断の猶予を与えていただくことを要求します。
 なお、当方には調査を引き延ばす意図は全くありません。すでに告発から2か月半が経ち、この間、不当な映画の上映によって、毎日毎日、私は侮辱され人権を侵害され続けているのですから、一刻も早く調査を熱望する立場にあるのです。そこで、上記の「?」を付けた3つの点につき、必ずお答え願いたい。

(5)第二の異議は、告発者を「藤岡信勝」一人にしぼっていることです。これは極めて不当で、厳重に抗議します。今回、新たに告発内容として位置づけた「通告書」の発信主体は、代理人弁護士ではなく、内容証明郵便の文書のとりまとめと発信業務を弁護士に依頼した、ケント・ギルバート、トニー・マラーノ、藤岡信勝、藤木俊一、山本優美子の被害者5名です。「ご連絡」の文面では、その中から藤岡のみを恣意的に選び出して告発者として出崎・中野両氏に知らせ、他の4名は無視しています。これはまったく認められません。告発者は上記5名であると訂正していただきたい。

(6)第三の異議は、貴信には、調査の日時や調査方法などについての具体的な事実が少しも書かれていません。調査方法について、直ちに当方の代理人弁護士を含めた被害者たちとの協議の場を用意していただくことを要求します。

(7)以下は、不明な点についての質問です。
 a)被告発者の2人に、告発者及び告発内容の開示の要請があったので、通知するとしています。「通知」は、「上智大学における研究活動上の不正行為に係る調査の手続きに関する内規」の第何条に基づくものなのですか? 普通、被告発者に対する「通知」は告発者側からのヒアリングの後になされるのが常識と考えられますが、このような措置をとられたのはなぜですか?
b)それならば、当方も貴学より回答を拒否されている事項がありますので、開示願いたいので1点だけ質問します。大学院生出崎幹根の修士課程入学時点は何年何月ですか?
 c)9月3日付けの貴信では、「本調査」を実施する、と書かれていました。ところが、今回の貴信では、予備調査を行い、それに基づいて本調査を行うかどうかを決定する、と読める内容となっています。前回は予備調査を省略し本調査の実施を決めたと解釈できますが、今回、それを変更して予備調査から始めることに変えたのはなぜですか?
 d)第15条(本調査の通知)第11項に「学長は、本調査を実施することを決定したときは、当該事案にか係る研究費等の資金配分機関及び関係省庁に、本調査を行う旨を報告するものとする」とあります。前便貴信では、「本調査」の開始をうたっておりましたので、9月3日時点で、文部科学省に報告はされたのですか?
以上、「?」マークのついた質問について、明確にお答え下さい。(以上)

6 研究協力者の権利回復の進捗

 前述の通り、私たちは5月30日の記者会見において、元大学院生出崎に対して、現在公開中の映画の上映中止を要求しました。出崎には、研究実施者として、研究資料を自身の研究で使用せず、また、他の研究を含む一切の別の用途にも使わない学術倫理上の責任が生じました。しかし、これを、出崎は拒否しました(6月3日の記者会見)。
 次に責任履行義務があるのは、研究責任者(指導教員)です。研究責任者が誰であるかは、本人および上智大学当局の隠蔽により長らく確定的には判明しなかったのですが、東京地裁にて係争中の前記民事訴訟の被告側答弁書(9月17日付け)において、研究責任者(指導教員)が中野晃一であることが、初めて公式に判明しました。私たちは、その研究責任者である中野晃一教授に対して、本日付で出崎の「卒業制作」作品及び現在公開されている映画「主戦場」から、私たちの研究資料を回収し、残余の全てのコピーを破棄するよう要求する「研究参加同意撤回書」を配達証明郵便にて送付します。私たちのこの要求に対して、中野教授が誠実に履行する姿勢を示さなければ、故意による研究倫理違反が確定し、処分の対象となります。
 中野教授が誠実に履行義務を果たさなかった場合は、履行責任は中野晃一教授の所属する研究機関である上智大学に移ります。上智大学は、回収・破棄を機関の行為として誠実に取り組むとともに、回収・破棄の履行義務に意図的に違反した、出崎および中野教授に対し、故意の研究倫理違反として処分を実施しなければなりません。
 上智大学が仮に、この回収・破棄の履行に誠実に取り組まなかった場合、監督官庁(文科省)に責任は移り、監督官庁は指導・省令その他の方法により、同学に対して履行を命じなければなりません。同時に、学術研究機関としての上智大学に対して、研究不正への自浄能力の欠如に関して一定の処分を実施しなければなりません。

【解説】撤回権は上智大学における研究倫理規程に明確に定められています。研究者はインフォームド・コンセントの手続きの一部として、これを研究協力者に伝える義務があります。文例も出ております。その文例に倣って、今回のケースに当てはめて書式を決め、各研究協力者に署名捺印をしていただきました。これには、民事提訴の原告、対上智大交信文書の発信者として参加している、ケント・ギルバート、藤岡信勝、藤木俊一、トニー・マラーノ、山本優美子の5名に加えて、5月30日の共同声明に署名した、加瀬英明、櫻井よしこの両名も加わっています。これで、共同声明に署名した7名全員が撤回書に署名したことになります。
これによって、出崎の修士卒業要件であった卒業制作としてのドキュメンタリー作品は完全に存在根拠を失いました。そして、それに基づいてつくられた――というより、民事訴訟における被告側答弁書によれば、「構成」は「ほぼ同じ」、「同じ作品である」とされている――商業映画も存在根拠を失います。
撤回書は10月1日に5名分、10月8日に2名分を送付したので、9日までには大学側に届いています。その日から起算して7日以内に返答を求めていますから、16日には中野または大学側から何らかの回答があるはずです。以下に、加瀬英明氏の撤回書をサンプルとして掲示します。

上智大学教授中野晃一と元大学院生出崎幹根の「主戦場」研究不正事件と大学当局の対応について(文科大臣への報告)(続き)

5 出崎と中野教授の研究不正

 今回の事件を研究不正の観点から整理すると、次の4点が倫理違反となります。

① 参加同意撤回要求に対して研究資料の破棄を履行しない義務違反
研究資料の社会的公表の中止と回収は、学術倫理上、研究協力者に保障された最重要の権利であり、研究者はそれに応じる絶対的な義務があります。5月30日、私たちが「上映中止」という形でこの要求を突きつけたのに対して、出崎はこれを拒否し、現在も映画の公開を続けています。研究協力者からの研究撤回要請を履行しないという行為は、重大な研究倫理義務違反であり、悪質な研究不正です。私たちは、今後、出崎の学位(修士号)の取り消しを大学に求めます。

② インフォームド・コンセントの手続きを履行しない義務違反
出崎は、私たちの取材において、誠実な研究であれば当然に履行するはずの、インフォームド・コンセントの手続きを全く履行していません。研究計画書の交付、研究同意書の交付および同意書面の提示と保管、同意撤回書の交付、その他インフォームド・コンセントの要件などがことごとくネグレクトされました。それによって、私たちを一方的に攻撃し侮辱する内容の映画を作成する意図が隠蔽され、私たちがその被害を受ける前に研究参加を撤回する機会が失われました。

③ 研究着手要件である倫理審査を受けていない義務違反
もしも、出崎が倫理委員会の事前審査を受けていれば、インフォームド・コンセントの手続きを義務付けられたはずです。もちろん、審査を受けなかったからといって、研究倫理上の義務を免れるものではありませんが、上記の②に挙げた事実に鑑みれば、倫理審査の回避は、実質的な研究不正です。

④ 許諾書面を詐取した研究遂行上の倫理違反
出崎は、私たち研究対象者にインタビュー取材を実施する過程において、研究倫理上必要な「研究参加同意書」を全く提示しない一方、「承諾書」なるものへのサインを執拗に迫っていました。この「承諾書」 なる文面は、現在公開されている商業映画への「出演承諾書」であるとして、私たちの抗議に法的に対抗する口実に使われているものです。
もしも、取材の過程で、卒業制作への「研究参加同意書」と、それとは別に商業映画への「出演承諾書」が研究協力者に提示されていたら、どうだったでしょう。「研究参加同意書」にはとりあえずサインするが、「出演承諾書」に対しては、完成して全編を見てから、改めてサインをするかしないかを決めるとしてサインを保留したはずです。
 他方、「出演承諾書」だけが示された場合はどうでしょう。研究協力者においては、今しがた受けたインタビュー取材は、学術研究への協力であるという頭があります。学術研究は学術倫理の制約下にあり、研究協力者は保護されるという信頼があるため、サインが卒業制作の完成に必要だと言われれば、「研究参加同意書」のようなものとして受け取り、容易にサインしてしまうでしょう。そして、実際に、何人かは、そのままサインさせられたのです。
 そもそも、真面目な研究において、学術研究として作成した映像作品が高評価を博し、配給会社を通じた一般公開を企画するのであれば、その時点で研究協力者に完成した全編を見せて、改めて出演承諾書にサインをもらえばよいことです。そうした手続きを踏まないで、研究調査の過程で研究対象者を法的に拘束しようとする書面を入手しようとすること自体、学術研究に対する信頼を毀損する行為です。ましてや、「研究参加同意書」と錯誤される状況を巧妙に作り出し、のちにそれを盾に法的に対抗しようとするなど、「詐欺」と言われても仕方のないものです。

今回の研究不正は、単なる規定上の手続きの形式的な懈怠ではありません。研究倫理規定の立法趣旨である「研究協力者の権利保護」を侵害することを目的として、規定上の手続きに意図的に違反したのです。本件研究不正は、形式的なものではなく、実質的で本質的なものなのです。
また、以上の研究不正は、直接の実施者は出崎ですが、その最終責任者は中野晃一教授です。中野教授の言動と証拠から、一連の研究不正行為が中野晃一教授の実質的な指導によるものであることは明らかです。

上智大学教授中野晃一と元大学院生出崎幹根の「主戦場」研究不正事件と大学当局の対応について(文科大臣への報告)(続き)

4 インタビューを受けさせるための詐欺的手口

 出崎が私たちに研究協力を求めてアプローチしてきた方法は主にメールによるものでした。アプローチの具体的方法や文面は様々ですが、全てに共通していたのは、「上智大学」の「学術研究」として、協力を依頼してきたことです。出崎が最初にアプローチした山本優美子(上智大学の卒業生)に送ったメールには、インタビューについて次のように書かれていました。

 「大学院生として、私には、インタビューさせて頂く方々を、尊敬と公平さをもって紹介する倫理的義務があります。これは学術研究でもあるため、一定の学術的基準と許容点を満たさなければならず、偏ったジャーナリズム的なものになることはありません」(2016年5月24日)
 「公正性かつ中立性を守りながら、今回のドキュメンタリーを作成し、卒業プロジェクトとして大学に提出する予定です」(同年5月31日)

 もし仮に、一人の映像作家が自身の自主制作映画のためにインタビューを依頼してきたのであれば、私たちは応じていなかったでしょう。映像作家の自主制作映画には、法律以外に何の制約も及びません。他方、出崎の場合には、「学術研究」であるため、研究協力者は学術倫理によって保護されるという期待が存在します。しかも、「上智大学」という権威ある学術機関の信用が、この期待を裏付けています。そのため、私たちは出崎の研究に協力しました。
 しかし、このインタビューのプロセスには、出崎の数々の欺瞞が仕込まれていました。まず、上智大学の校章が大きく描かれた出崎の名刺には、肩書きに「大学院生」とだけしか書かれておらず、所属機関が全く不明です。そのうえ、住所や電話番号には四谷校舎の代表のものだけが記載され、連絡先として意味をなさないものでした。E-mailのアドレスも、XXX.sophia@gmail.comという、大学が正規に発行して学生に割り当てるアドレスを擬装するという手の凝ったものでした。もちろん、大学が正規に発行するアドレスのドメインは、XXX@sophia.ac.jpです。この奇妙な名刺が示しているのは、上智大学の権威によって私たちを信用させたいが、決して、身元につながるような情報は与えたくないという意図と作為です。
 出崎は、「人を対象とする研究」において交付が義務付けられている「研究内容説明書」などの書式を一切見せていません。被害を受けた一人である櫻井よしこに対しては、唯一、「企画書」なる文書を提出していますが、そこにも「研究内容説明書」において明示が義務付けられている「研究責任者」「研究への参加と撤回」「予測されるリスク」「研究成果の公表」などの重要事項が省かれています。
そこまでして出崎が隠蔽したかった最大の事項は、研究責任者(指導教員)の名前です。その指導教員中野晃一教授は、従前より私たちを敵対視する言動を繰り返していました。映画「主戦場」においても、出演者の中で最長の時間を使って私たちを一方的に批判し、被害に遭った5名を「この顔見てるのは苦痛だなっていう人たち」などと、公の場で露骨に嫌悪の情を示してののしっている人物なのです。さらに、「今になって騙されたなんだって言ってるけど、全部自分がしゃべっている話なんですね」(4月19日、参議院議員会館における講演)などと言い、映画に使われているのが「自分がしゃべっている話」でありさえすれば、どのように騙しても、どのように不当なレッテルを貼って攻撃しても何ら問題ないという論理を展開する、研究倫理感覚が麻痺した人物なのです。
こうして出崎は、研究計画の全容について事前に十分かつ誠実に説明する義務を意図的に怠ることで、私たちから出崎の攻撃意図を見抜く機会を奪い、私たちを攻撃する映画の完成に漕ぎつけたのです。

【説明】下に掲載する文書は、出崎が櫻井よしこに送ったもので、出崎が「企画書」とよんでいたものである。これについていくつかのことを指摘しておきたい。

① 上智大学で定められた書式は「研究内容説明書」である。それは出さずに、この「企画書」を出した。

② しかし、本来、「研究内容説明書」では明示が義務付けられている「研究責任者」「研究への参加と撤回」(研究協力者は参加を撤回出来ることの説明)「予測されるリスク」「研究成果の公表」などの重要事項が、この「企画書」ではスッポリと欠けている。

③ 最も隠蔽しておきたかったのは、「研究責任者」の名前であろう。ここには指導教員の名前を書くので、中野晃一と書かなければならないが、そのとたんにこの映画の陰謀がバレてしまう。だから、「研究内容説明書」は無視したのである。このことも、当然、指導教員(中野)と打ち合わせズミであろう。

④ 櫻井には「ケント・ギルバートの紹介」と言っている。保守系の論者の中の人的関係に通じていなければできないことだ。

⑤ 他のメンバーには、テーマを確定的に「歴史議論の国際化」としていたのだが、この企画書では、(仮)という部分が付け加わっている。この企画書の日付けは12月2日だが、この頃には「主戦場」というタイトルが浮上していたのかも知れない。

⑥ さらに注目すべきことは、他のメンバーにはなかった「秦桃子(インタビュワー)」という記載があることだ。この人は公式プログラムに「私は、ピンチヒッターという形で、当初から携わっていたが多忙のためにプロジェクトから抜けた日本人スタッフとの入れ替わりで入った」と言っている(22ページ)。つまり、出崎は中野がオーガナイズした多数の外部スタッフに囲まれて「卒業制作」をしていたわけで、本当に出崎の作品と言えるのかすら疑問である。当初から、誰はばかることなく、上智はこの反日映画の製作所と化していたのである! 秦桃子についてはまだまだ書くべきことがあるが、きょうはこのくらいにしよう。

⑦ 「概要」のところでは、「我々が慰安婦問題についての研究を進める過程で、日本の保守派がkの問題に関して説得力のある議論を展開していることが明らかになった」などと書いている。インタビューを受けさせるための「くすぐり」である。

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